大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)548号 判決

記録に徴するに、被上告人三本木税務署長は、上告人に酒税法一六条違反の行為ありとし、国税犯則取締法二条三条により一審判決添付目録記載の物件を差押え、これに対し上告人は青森地方裁判所に右差押処分無効確認訴訟を提起し、かつ民訴法の仮処分に関する規定に基いて「申請人は本案判決確定にいたるまで、その発明にかかる特許番号第一七八一二五号滋養食品製造法の使用実施を為すことができる。被申請人は申請人の右特許権の使用、実施を妨害するような行為をしてはならない。被申請人は右特許発明実施のため申請人等別紙目録記載の住所氏名の者が夫々使用の工場施設、用具、原料及該方法による製品について、既に為した差押を解除しなければならない。」旨の仮処分を申請したものであること明白である。

行政事件訴訟特例法一〇条七項は「行政庁の処分については、仮処分に関する民事訴訟法の規定は、これを適用しない。」と規定しており、本件差押が同条項の「行政庁の処分」であることは極めて明瞭であり、また、右仮処分の申請が差押処分の効力を停止しようとする趣旨であるから、上告人の本件仮処分申請は右条項に照し、不適法であると言わなければならない。上告人は本件差押が無効であることを申請の理由として述べているけれども、かりに本件差押が無効であるとしても、いやしくも形式上行政庁の処分として存在する以上、同法二条の訴訟の結果取消されるか、或は裁判所の判決により無効とされるまでは、差押処分の効力は失われないのであつて、同法一〇条七項の趣旨はこれらの判決確定前行政庁の処分の効力を停止するについては、同条二項による執行停止の方法によるべく、民事訴訟法の仮処分に関する規定によることは許さない趣旨と解するを相当とする。原判決の理由とするところはこれと異るけれども、その主文において結局正当に帰するから本件上告はこれを棄却すべきものとし、民訴四〇一条、九五条、八九条を適用し、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判官 霜山精一 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)

上告代理人弁護士山岸龍の上告理由

右当事者間の御庁昭和二十六年(オ)第五四八号仮処分異議事件についての上告理由は左の通りであります。なお理由として挙げた各点とも、法令の解釈に関する重要なる主張を含むものとして特に調査を仰ぐ次第であります。

第一点 原判決は、判決に理由を附せず、又は理由に齟齬あるの違法があり、破毀を免かれないものと思料される。

原判決は「本件特許権の範囲は滋養食品たる物の製造方法に関するものであつて、物自体についての特許でないと做し、此の方法により製造される物が、最終段階に於ての製品も製造過程に於て製出される物質も、之が酒税法条十六条に所謂麹に該当する限り同法所定の許可を要するものといわなければならない。」旨説明し、「その化学的成分の点に於て一般の麹との間に若干の相違があつても、右の結論を左右するものではない。」旨断定しているのであるが、

右の一般の麹とは果して何を指すのか不明である。世上、麹とは穀類等に黴類を繁殖させた物をいう、と説明する者があるけれども、その意味の麹であれば之は多種多様に存在する。乙第二号証明細書中に使用してある製麹なる文字の麹も亦その一種である。黴の種類は後に詳記するように今日何万何千あるや不明な程無数に存するし、又その黴により誘致分泌される酵素も亦無数の種類がある。またその作用も多種多様である。繊維類を分解する繊維分解酵素、酸化作用を行い穀類等に着色する酸化酵素、脂肪を脂肪酸とグリセリンにする脂肪分解酵素、蛋白質を分解しペプトーンにし更にアミノ酸にする蛋白分解酵素、麦芽糖や蔗糖を葡萄糖にする転糖酵素、澱粉を糖化する糖化酵素など知られている(農業世界昭和二十二年三月号33P34P参照)。その他枚挙にいとまがない。左様であるから原判決の前記一般の麹ということが何を指すか不明なのである。之は酒税法に謂う麹を指すのであれば判然と之を表示すべきである。なお又「化学的成分の点に於て若干の相違があつても云々」と大胆に断定している原判決は非常識極まるものである。

或物質と他物質と対比し、その化学的成分に多少なりとも差異あるときは、同成分の量に関する場合は格別、いやしくも別種の要素が一方に存し他方には之を存しない。例えば一方は単に植物性成分のみ存し他方には之に動物性が含有する如きは、両者は別種のものと做すことは今日化学の常識である。塩水と砂糖水或はソーダ水、シロツプとは化学的成分が、たとえ若干なりとも差異があるから、之等は別異の物である。原判決の説明によれば之等はいずれも同一というのであろう。噴飯ものである。少くとも化学の分野に於ては原判決の右説明は不当である。之を正当ならしめるには更に相当の理由が附け加えられなければならない。

原判決は「酒税法第十六条にいう麹とは穀類その他の物に黴類を繁殖させたもので、澱粉糖化酵素剤として利用し得るものを指す」と定義している。之はおそらく古い判例に依拠したものと思われるが、トラウベの酵素に関する発明以来著しく進歩した酵素化学の現状に於ては右の定義は事実にそぐわない、粗雑な見解に基いたものである。等しく糖化酵素を含む物であつても酒税法第十六条にいう麹に当らないものの存することは、多少とも酵素に関する知識を有する者の常識として肯定せらるる所である。由来人体内並びに動物の内臟中にも自然に各種の酵素が存在し食物の消化を助け、就中糖化酵素が澱粉の消化にあずかつて力あるものとなつている。現今栄養価値の高いとされている食品には糖化酵素を含ませたものが多い。消化剤、滋養剤として用いられる薬品中には殊にそれが多い。薬品ワカモト、ヱビオス等が相当多量の糖化酵素を含む酵素剤であることは衆知のことであるが、之等は、いずれも酒税法第十六条にいう麹として同条所定の許可を要するものではない。その成分殊に目的用途が異るからである。

原判決は、前記粗雑杜撰な定義を立て、進んで「本件特許の方法による製品は同条の麹に当る。」旨を認定しているけれども、何等客観的に肯定し得るような理由を附していない。弁論の全趣旨、甲第一号証等によつて本件滋養食品と酒税法の麹とは夫々製造の目的、用途を異にしていることは充分疏明されているに拘らず強いてこれを黙殺している。その目的、用途の異ることは本件滋養食品が酒税法にいう麹に当るか否かの判断に重要な資料である上、之等の差異あるもなお、原判決認定の如くなるとすればそれ相当の理由を附すべきに、原判決は之について何等の理由を附せず、前示のように論理飛躍の結論を判示したのは正に理由に齟齬あるものと信ずる。

又原判決は、本件特許権の範囲は本件滋養食品たる物の製造方法に関するものであつて、物自体についての特許でないと做し、之に重点を置いて、この特許方法により製出される物が酒税法にいう麹に該当する限り、同法所定の許可を要するものと断じているが、仮に本件滋養食品が右の麹に該当するとしても(上告人は該当せずと確信しており、仮にも右該当は認めないが)、等しく日本政府が特許法によつてその製造を許しているものを更に酒税法によりその製造の許可を要するのか否かが実は問題なのである。醤油製造の認可を受けて之を製造する過程に於て醪を製造するからといつて、酒税法第十六条の醪を製造するものとして、その許可を得なければならないということは未だ聞いたことはない。アルコール製造について許可を受けている者が、その工場に於て麹を製造するについて特に許可を要しないことは勿論であるし、酢の製造過程に於ては明らかに麹が製出されるけれども、之を酒税法の麹として同法第十六条の制限に拠らしめていることはないのである。

なる程、本件特許は方法の特許であつて物自体に就いての特許でないことは上告人も争わないが、本件滋養食品製造はその方法により製出される物と共に工業的新規なる発明になるものであるから、上告人としては方法と共に物についても特許を希望したのであるが、物については特許法第三条第一号による制限があるので結局本件第一七八一二五号滋養食品製造法が特許となつたものである。然しながら、同法第三十五条には「特許権は物の特許発明にありてはその物を制作、使用、販売又は拡布するの権利を専有し、方法の特許にありては其の方法を使用し、其の方法に依りて製作したる物を使用、販質、又は拡布するの権利を専有す。」とあつて、特許権者が製作、使用、販売又は拡布するの権利を専有する点については、物の特許と方法の特許との間に毫も逕庭がないのであるから、上告人は特許第一七八一二五号滋養食品製造法に基き本件滋養食品を製造し、その製品を使用し、販売、拡布することは日本政府から公然許可されたことであり、殊に専有の権利である。而して酒税法が酒類に対する税徴収の趣旨の下に制定されたこと、同法第十六条の許可を得ないで麹を製造した者に対しては相当の刑罰の制裁を規定した外、その麹について酒税を徴する規定の存すること、酒税法施行規則第一条以下に各種酒精含有飲料の原料を定めた規定を彼此綜合して之を看れば、同法第十六条の麹とは酒(清酒、濁酒、焼酎)の醸造に原料として使用し得るものを指称することは一点の疑がない。いやしくも麹であれば総べて同法第十六条にいう麹なりとする原判決はその理由に齟齬があり、本件滋養食品を目して同法の麹なりとし、同法第十六条の許可を要するものと断定するには須らく前記の法条、殊に特許法第三十五条と酒税法との関係を明らかにし、以て上告人が専有を公許されている本件滋養食品が更にその製造について酒税法による制限に遵わなければならないとする法的根拠を示すべきであるのにかかわらず、之等の点について何等理由を附していない。

要するに原判決は、その判決に於て当然示すべき理由を附せず、かつその示した理由は齟齬している。

第二点 原判決は法令の解釈を誤つた違法があり、到底破毀を免れない。

原判決は「酒造法第十六条にいう麹とは穀類その他の物に黴類を繁殖させたもので、澱粉糖化酵素剤として利用し得るものを指す。」と定義を下しているが、之が誤りであることは第一点で明らかにしたが更に詳記する。

右酒造法とは酒税法の誤記と解されるが、上告人の所持する原判決の正本には酒税法とある税を削つて御丁寧に造と直してあり、又酒造法と書いてある箇所もあるから酒造法という法律が現存するらしいが、何時そのように改正されたものか全く不明であるから以下酒税法として記述する。但し酒造法なる法律が現存しないのであれば、原判決は現存しない法律を挙げて之を解釈し以て上告人の請求を排斥したものであるから法令に違背したものである。

黴の種類は今日何万何千あるや不明な程多数であるし、その作用が之亦多種多様であるから、酒税法第十六条にいう麹とは穀類その他の物に黴を繁殖させたものであるということは勿論暴論である。

澱粉糖化酵素剤として利用し得るものはすべて同法にいう麹であるとの定義的判示も事実に副わない論である。糖化酵素含有の麹が悉く酒税法第十六条の麹とは限らないのが醸造化学上明らかであるからである。

原判決は又、本件特許方法による製品は、その製造過程における製品も共に充分な糖化醗酵性をそなえた麹にあたり、酒精含有飲料の原料として使用し得るものであるから、これは酒税法第十六条にいう麹に相違ない旨判示しているが、之も誤つた見解であり、畢竟同条の解釈を誤つているのである。酒精含有飲料というのみでは、その種類も多く、甚だ漠然としてその範囲不明である。例えば麦酒の製造原料には麹は不要である。アルコール製造には酒精酵母を使うが、特に糖化酵素剤としての麹を原料する必要がない。合成酒、混合酒にもその製造のために直接には麹は原料にならない。葡萄酒をはじめ果実酒等はその製造の原料としては麹は不要である。穀類等の麹は酒(清酒、濁酒、焼酎)の原料として利用されることは、酒税法施行規則第一条以下の規定に於て酒類の原料を夫々定めてあるのと酒税法第十六条に麹を製造せんとする者はその許可を要すとし、之に違反して麹を製造した者からは酒税を徴収することを規定していること等を考え合せたならば、酒税法第十六条にいう麹とは正に清酒、濁酒、焼酎の製造の原料として利用さるるものと解するのが妥当であつて、これこそ吾人の常識に吻合する。

従来一般に滋養食品の製造過程に於て麹様のものが製出さるる場合、往々被上告人の採つたような本件類似の争が起るや税務官吏は常に原判決のような見解を以て之を圧迫し、裁判所も原判決のような出来るだけ漠然と広い定義を作つて之等の滋養食品を麹の範囲に包含せしめる傾があつたのであるが、今や民主々義国家として再建途上に於ける現時に於ては徒らに酒税法第十六条にいう麹の意を必要以上広く解し、将来必ず来るべき吾が国の食糧危機の緩和に努力しつつある食品に関する発明家、技術者を圧迫する愚を繰返すべきではない。

いずれにしても原判決の酒税法(酒造法歟(?))第十六条の麹についての解釈は誤りである。

本件特許方法による製品及びその製造過程に於て生ずる物質は、いずれも同法の取締の対象となるべきものではない。両者が全く別異の物であることは、その製造方法が根本的に異るし(一方は水を使うに対し他方は牛乳を使う)、化学的成分が違う(一方は単なる植物性、他方は動物性)。用途が異る(一方は酒の製造原料、他方は母乳代用品)。その他差異がある。

以上により原判決は酒税法第十六条の解釈を誤り、従つて重大なる事実誤認の結果を招いたのであつて違法であるから破毀さるべきものと思料する。

尚、昭和二六年(オ)第五四七号(本件の本案事件)の上告理由書を参照されたい。

又、酵素に関しては(麹の製造方法等についても)

1、日本醸造協会発行、農学博士黒野勘六著、醸造学各論要義

2、薬学博士池口慶三、東京衛生試験所技師瀬川林甫共著、衛生化学(増訂第五版)

3、高橋武雄著、農産加工講話

4、農業世界(昭和二十二年三月号)

等を参照した。 以上

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